-
entry001285
comments
ぼくは会社と家とで同じキーボードを使っているので、通勤のときには毎日キーボードを持ち歩いています。 が、今朝はたまたま鞄を変えたせいでキーボードを忘れていってしまいました。 仕方が無いので会社から支給された DELL の標準キーボードを使ったのですが、もうこうなると一日ろくに仕事にならないわけです。 例えば、キー配列が違うので "\" が打てない。 例えば、テンキーがあるせいで、ホームポジションからトラックボールまでの移動距離が長い。 こうした細かなストレスや負荷が積み重なって、手首は痛くなるわ肩は凝るわ・・・。
ぼくが働く会社にもスポットで派遣されてくる方が居ますが、彼等はうちに来たその日から、与えられた環境の下で働き始めます。 すごいなぁ。 ぼくには絶対に真似できません。 ぼくは今の会社に転職して来て、最初の何日かはただただ環境構築に費やしました。 必要なツールを入れ、環境の設定を自分用に変更し、必要なモノの配置を整え・・・などなどやっていると最低でも丸一日は必要です。 自分の感覚としては、長期的にこのコストは回収できているとは思うけれど、明確な証拠を示すことができないのでなんとなく口ごもってしまいます。
でも、ぼくもかつては普通の 106 キーボードを何の疑いもなく使いこなせていたわけです。 ピーキーな適応を行い過ぎた結果、ある環境(この場合自前のキーボード)ではパフォーマンスを発揮できるけれど、別の環境(標準キーボード)ではとたんにパフォーマンスが落ちる。 これって良いことなんでしょうかね。 それとも「靴に足を合わせる」べきなのか。
環境の変動に対する適応ってのは、生命進化の文脈でも良く出てくる概念だけれど、あれはあくまでも種の生存戦略であって個体が生き延びるわけではないんだよね。 この世から HHKB が消え失せたときに、ぼくという個体は死に絶えて、標準キーボードを華麗に使いこなす個体が栄華を誇るんでしょうか。
「こうしたほうが "何か" が向上する」と考えて環境を変えたところ、最終的には確かにその "何か" の値は上昇するのだけれど、そこに至るまでにある程度の窪みがある場合が結構あります。 身近なところでは、今年一月のトラックボール導入がそれでした。 トラックボールはマウスと違って位置が変わらないので、キーボードとの手の往復をかなり精緻化できます。 でもやはり、使い始めの一週間はポインタを思い通りに操れませんでした。 一ヶ月くらいでやっとまともに使えるようになり、今はマウスとそれほど変わらない操作精度になりました。 このあたりまで来てやっと、手の動きの精緻化の恩恵を享受できるようになります。 マウスを使っていたころよりは確実に生産性が上がっているのだけれど、では、この二ヵ月半の窪みをどう評価するか。
例えば個人であったりその個人が所属する組織であったりが、何かを伸ばすことができるかどうかは、こうした "窪み" を受け入れるバッファがあるかどうかにかかっているんじゃないかと思ったりもします。 ぼくとしては、現状維持を目指して緩やかに終わりに向かうよりは、より良い状態を目指した試みは行っていくべきだろうと考えています。 そして、その試みの副作用としての窪みを受け止められる程度のバッファは持っておきたいものです。
MTEntryMore
"窪み"っていうのはつまり
「投資」で、
投資をするにはリターンの見積もりが必要で、
でも、見積もりに対して組織としての
共通の方法論を確率していないと、
見積もり結果を説明できない。
計測するにもコストがかかるし、、、
知的労働のパフォーマンスの見積もりや
測定って、本当に大変だと思う。
僕の場合には
「文書化」っていうのは、
するために「コスト」がかかるものだけれども、
組織で仕事をする場合に「"何か" の値は上昇」させる
ものなんだよね。
"何か"がなんであるかとかから
もう大変w
ってあれ
ぐちになっちゃったwww
文書化、大事だよね。
うちも「歴史的経緯」とか「口伝」とかがたんまり積み上がってます。
あとから参加したらわからないから、ほんと・・・。