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001467
今日はお題の日です。 組織にとっての "定義" の必要性を考えてみることに。
お題:組織における定義の必要性について、論ずる、または、そのために用いる資料を作成する。 そのために用いる資料とは、例えば、
- 定義が共有されていない事に起因する問題の具体例を説明するものや
- 定義にこだわる事による問題の具体例を説明するもの、
- "定義"の定義を図示するもの、
このお題で、"定義"の定義は以下を用いる。
以下の資料を参考にしても良い。組織にとっての "定義" の重要性を考えるにあたって、今回は "定義" の定義は所与だけれど、"組織" と "必要性" の定義がなされていません。 取っ掛かりとして、朝ブログのメンバーでこれらを定義していないことで、何の問題が起こるかっていうことを考えてみよう。
"組織" というのは、たとえば心臓とか肝臓とか、細胞が集まって何かの機能を担うものです。 そういった細胞の塊にとって "定義" がいかに必要であるか、というのは、非常に難しい問題です。 その細胞の塊が担うべき機能は "定義" によって決定されるものなのか、もしくは生来所与のものとして、先天的に決定されるのか。 細胞の塊が "定義" なくしてその機能を担うことができないのであれば、"定義" を行う主体となる人間の意識なくして、人間の各機能は動作しないということになってしまいます。 やはり、細胞の塊にとって "定義" は必要ではなく、逆に細胞の塊の集合として成立する "人間" によって "定義" が生み出される、という順番が正しいのではないでしょうか。
さて、上の文章は出題者の意図したことなのか? もしくは、この文章の内容を検討することは朝ブログ会の目指すところなのか? このような感じで、われわれ朝ブログ会という "組織 (人間の集団として)" にとって、"組織" が定義されていないことで各人の問題領域がぶれてしまい、目指すところがぶれてしまいます。 "定義" が共有されていないことによる問題の一例を挙げてみました。
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001450
今日は News / 本 / Blog を読んで、一枚チャートを描く日。 ぼくは、先日読んだこの本を。
キリンビールの開発部門で、一番搾りやハートランドの開発に携わった、山田一巳氏に取材して書かれたこの本。 分野は違えど、"ものづくり" に臨む作り手の姿勢として、学ぶところも多くありました。 今日は、その一つを。
ビールというのは、もちろん自分がうまいと思ってるだけではダメで、お客さんに喜んでもらわなきゃいけない。
中略
十人が飲んで十人がまあまあうまいと思うビールを作ることは可能かもしれない。 でも、そんなビールを作ったって平凡なものにしかなりません。 それよりも、十人が飲んで三人が本当に感動するようなビールを、私は作りたいんです。
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001446
朝のラッシュの階段でなどでよく遭遇する風景。
階段で上り下りの正面対決階段を上りたい人達と、階段を下りたい人達で繰り広げられる、壮絶なせめぎあい。 ぼくも良く巻き込まれます。 ま、実際はそんなに壮絶ってわけでもなく、お互いに相手の出方を見ながらじりじりと進んでいく、非常に地味なやりとりですが。 今日はこの状況を考察してみます。
A. 首の絞めあいお互いが最大帯域を獲ろうとして頑張ると、それぞれの入り口ではそれぞれが勢力を占めます。 すると、本来は双方向で4人であるはずの帯域が、全体としてそれぞれ1人ずつ、あわせて2人分の帯域しか生きないことになります。 まさに首の絞めあい。 この図はまだましなほうで、最悪の場合はどちらも一人も通れない、デッドロックの可能性もあります。
B. 住み分け対して、階段の全域においてそれぞれが半分の帯域をシェアする場合、この場合は双方合わせて理想値の4人が常時流れることになります。 ケース A とは違って、それぞれの入り口では半分の勢力でしかないけれど、お互いにつぶしあわないで、その勢力のままずーっと維持されれば、結局双方の利得が最大化されるわけです。
ケース A のさらに悪いところは、それぞれの最後尾の人間は、全体の状況が良くわからず、自分たちはどんどん進もうとしているのに、なぜか全体が進まない、という状況に置かれることです。 その自分が、反対方向の帯域を無駄にブロックしていることも気づかずに。 個々のユニットを見ると目標も方向性もあっているのに、全体としては効果的に目標に向かうことができない、というのはままあることです。 全体観というのは非常に大事で、全体を見渡した上で「今、ここで、自分はこうしたほうが、全体として良い」という判断を下すことができれば良いんですけどね。 階段の例に限らずに。
というわけでみんな、階段の矢印は守ろうね!
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001442
前回、"現状" と "期待" が満たすべき二つの条件を提示しました。
- "現状" と "期待" は観測可能であること
- "現状" と "期待" は比較可能であること
これから何回か、"比較" について掘り下げてみます。
最もシンプルな比較条件は、同値です。 つまり、以下のようなステートメントで表現できる条件です。
- ……である
- ……でない
"現状" が "期待" と一致する場合に成立する "である" 条件、もしくは一致しないことを期待する "でない" 条件。 取りうる状態の集合 (有限 / 無限どちらでも) があって、その集合の上で関係 "=" が定義されている場合に適用可能です。
- =
- true : iff 同一の状態
具体例を挙げると、こんな感じです。
- プロジェクト計画が承認済である
- 選択肢 A が採用される
- 保守契約が解除されない
- 甲の件について A さんに連絡済である
このタイプの "現状" は、観測した時点で真か偽か結論が出ていて、あらためて比較が必要になることはあまりなさそうです。 とてもシンプルな反面、向きや程度がありません。 そのため、"現状" と "期待" が異なる場合 (課題がある状態) に、どういった方向にどの程度進めばそのギャップが埋まるのかの判断が難しい場合もあります。
今回は同値関係による比較でした。 次回はその "向きや程度" が存在する比較です。
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001441
昨日「みんなで同じテーマで描いてみよう」と試みたんだけど、認識合わせが足りていないことが判明して、中止になったネタに挑戦。
- お題 : この式を説明する
- 利益 =(顧客当たり単価 - 顧客当たり獲得コスト - 顧客当たり原価)× 顧客数
勝間和代氏の著作より、とのこと。 式を眺めてみると、どうも右辺に "顧客" という単語が多い。 分配してみると
- 利益
- = 顧客当たり単価 × 顧客数 - 顧客当たり獲得コスト × 顧客数 - 顧客当たり原価 × 顧客数
- = 売上高 - 顧客獲得コスト - 原価
ということらしい。 なるほど、営業利益の式
営業利益 = 売上高 - 販管費 - 売上原価の右辺から、"顧客数" をくくりだしたわけですな。 確かに、顧客あたりのミクロな評価基準に直すと、現場で使うには腹落ちしそうです。
これって、くくりだすのは顧客だけじゃなくてもいいのかもね。
- 商品個品の観点 :
- 利益 =(単価 - 商品当たり開発コスト - 製造原価)× 販売数
- 利益 =(単価 - 商品当たり宣伝コスト - 製造原価)× 販売数
- 従業員の観点 :
- 利益 =(従業員当たり売上 - 従業員当たり固定費 - 従業員当たり原価)× 従業員数
とか。
前者は商品開発やプロモーション、後者は生産性向上とかを考えるときに使えたり。 "従業員当たり原価" って何に相当するのか良くわからないけれど。
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「課題」の構造に入る前に、重要な前提を確認しておきます。
"現状" と "期待" のギャップを "課題" と置いたけれど、そのギャップを定義するためには "現状" と "期待" を観測する必要があります。
「あなたを幸せにする」なんていうのは、心掛けとしては良いのですが、観測する術がないので "期待" としては意味を成しません。 なので、一般的にはアンケートなどを使って、満足度や幸せ度などを数値化するわけです。
さらに、"現状" と "期待" が観測可能であったとしても、それらを比較することができなければ意味がありません。
「ダイエット目標体重60kg」を目指しているのに、身長を一生懸命測っても意味がありません。 「BMI 23」を目指している場合は、身長も構成要素の一つだけれど、それだけ測っても意味がありません。 "現状" と "期待" の差分を定義できるように、"現状" を観測する次元を "期待" に合わせる必要があります。
構造の分解に入る前に、まずは前提の確認でした。
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この構造自体に目新しさはないけれど、議論の始点として。 "課題" を解決するためには、このあたりの能力が必要でしょうね、という話です。
- 期待値を設定する能力
- 現状を把握する能力
- 期待と現状のギャップを定義する能力
- ギャップを埋める能力
次回以降、"ギャップ" 部分の構造を分解していきたいと思います。
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「若いうちの苦労は買ってでもしろ」なんていう言葉がありますが、ぼくはあれはかなり正しいと思っています。 そのままだと精神論に見えますが、実は損得勘定で解釈することもできて、「どうせ頑張るなら若いうちのほうが得だよ」と捕えると、結構腹に落ちます。
まず仮定として
- "頑張る" ことで "能力" が正比例して向上する
- 単位時間あたりに産み出すことのできる "価値" は "能力" に正比例する
ということを置きます。 すると、能力曲線が張る面積は生涯に産み出すことができる "価値" を示すことになります。 ここで、図にあるような A と B を考えます。 双方とも、生涯あたりに投入した "頑張り" 量は同一で、最終的に到達した "能力" も同じです。 しかし B のほうが、投入開始時点が少し遅れています。 それが原因で、生涯あたりの "価値" を較べると、網点分の差が生まれています。 A と B のグラフの形状は同一でタイミングのみが違うと仮定した場合、網点分の差分を数字 (?) で表すと (Bの出遅れ時間) x (最終的に到達した "能力") となります。 詳しい導出は省きますが、Bのグラフを右に延ばせば判る筈。 つまり、出遅れれば出遅れるほど、同じ分量 "頑張った" としても、生み出すことのできる "価値" が小さくなるわけです。
直感的には、早い時期に "頑張る" ほど、そのリターンをより長い期間にわたって享受できる、と捕えると判り易い筈です。 分野によっては先行者利益があったり、"単位時間当たりに生み出せる価値" は "過去に生み出した価値" に影響を受ける場合があるとか、実は単純な比例関係よりももっと大きな差が生まれるんじゃないかと考えています。
ぼくもそろそろ "若いうち" じゃなくなってきますが、どうせやるなら早いうちに動き出そうっていう心構えは常にもっておきたいなと、改めて思います。
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001430
友人何人かがやっていた、早起きしてブログを書こう企画に参加してみました。 朝 05:00 起きですよ。 すげー眠い。 今のところ、この企画のルールは比較的シンプルで、
- 朝 05:00 に起きて
- 一日一枚チャートを描く
- 使う時間は30分程度で
といったものです。
というわけで 05:00 に起きてみたのだけれど、案の定めちゃめちゃ眠い。 でも、昨年の一時期 (といっても 3,4ヶ月程度は継続して) は毎朝 05:00 くらいには起きて会社に行っていました。 そのときは結構平気で回っていたのだけれど、ここ最近は 06:30 に起きることすらままならない始末です。 なんでだろー、と、考えたときに、思い至ったのは日の出の時間。 昨年、朝早くに起きられてた時期は大体5-8月くらい。 目が覚めると大体外は明るくなっています。 対して今の時期は、これを書いているこの時間もまだ外は暗いままです。 外が暗いと、いくら目覚ましをかけても、全然起きられない自分に気づきました。 小学生時代の朝練の習慣……とか、個人的な体験に遡ることができそうな気もしたけれど、まぁ、それは置いておいて。
仮説1 : (ぼくの) 起床時間は日の出時刻と正相関
朝起きる時間の季節変動に対して、夜寝る時間はあまり変化していません。 これはどちらかというと、季節よりも仕事の忙しさとか日々のアクティビティ (主に飲み会の多寡、年末とか) によるところが大きいように思います。
仮説2 : (ぼくの) 就寝時間は日の入り時刻と無相関
「一年の計は元旦にあり」なんていうけれど、ぼくの場合は少なくとも、早起き系の目標は正月近辺に打ち立てるべきではなさそうな気がします。 さて、2月に参加したこの早起きブログ企画、続けられるんだろうかw。
と、いったあたりで書き始めから大体30分が経過しました。 あー、チャートをスキャンせねば。 なんか微妙に趣旨と違うチャートを描いた気がするけど、まずは早起きブログ一発目でした。